死にたい男のブログ 生い立ち4

労働者編2の自画像

●労働者編2●
そのサイトには、『何故、現在、あなたが死にたいのか』という理由が書かれていました。

要約して書きますと、
●世の中の仕組み
●お金の仕組み
●資本主義の仕組み
●現代の奴隷
●労働者を作る教育制度
などです。

歴史から現在に至るまでの、社会の仕組みを知ることにより、死にたくなるのは決して自分個人のせいでは無いという情報が書かれていました。
知っている人は当たり前に知っている情報かもしれませんが、私にとっては初めて知る情報でした。

その情報からアフィリエイトへ流れたり、怪しい勧誘をするサイトもありましたが、私にとっては、とても面白く、ためになる情報でした。
その後も、そのような情報をよく調べました。

しかし、それらの情報を知ったからといって、何かが変わる訳でもなく、結局今まで通り奴隷のように働いて生きて行くしかなかったのです。
だから私は、死ぬ前に何か残しておこうと思い、作詞作曲をして、楽曲音源として世の中に残していく作業を始めました。

この頃、携帯電話の修理の仕事は、私の所属部署の移転や毎日のように残業5時間程させられ、結局辞めてしまいます。

 

その後、スポーツ用品のピッキング、入出荷業務のアルバイトを始めます。
この頃は、バイトと楽曲制作、練習、音楽理論の勉強、バンドを組み、レコーディングなどをやり続けます。

この頃も、『死にたい』という思いはありましたが、今 思えば一番充実していた気がします。

しかし、この時ある事件が起きます。

母と次女は、もう何年間もケンカをしていて、この時、様子が変わり始めます。

正直私は、働いて家帰って、ギター練習して寝る。をただ繰り返し、母と次女がケンカしていようが、気にしないように生きていました。
昔からそうしていました。気にする余裕もなかったし、私は家族とあまりコミュニケーションをとりたくありませんでした。

次女は、大学卒業後、子供服の会社に就職します。おそらく、4,5年くらい働いていたと思います。
ただ、きついおばさん客や先輩がいて、かなり傷付いてしまったのだと思います。

退職後は短期バイトをたまにやる程度で、ほぼ家に引きこもっていました。

次女は「私は健吾より親に愛されていない」と昔からよく言っていました。

ある時、バイトから家に帰ると母親が、次女がおかしくなったと助けを求めてきました。

まったく普通だった次女が、少し知恵遅れのような状態になっていました。
母親が精神科に一緒に行こうとしても、病院前で逃げたり、頑なに行こうとはしない状態でした。

私は、次女とは別に仲が悪い訳でもなく、どちらかというと良い方でした。ただ、頻繁にコミュニケーションはとっていませんでしたが。

母親が私と次女が話しをすれば少しは回復すると思い、私がバイトから帰ったら次女と話しをするという生活が始まります。

まず、次女の病名は『統合失調症』という病気だと母から聞きました。母は精神科に相談していました。

次女の症状や、詳しい話は今は止めておきます。

ある日、いつも通りバイトから帰ると次女が、すごい剣幕で「母が警察に言った!私を強制入院させにくる!」と叫んでいて、母は「そんなことしてない」と言っていて、私はバイトの疲れや、ずっと話を聞いていた疲れなどで、怒鳴ってしまいます。「いい加減にしてくれ!」と...。

そして数日後、バンド練習から帰ると母親が、生気を失った顔で、「次女が自殺した」と言い座り込んでしまいました。
2日前から帰ってきておらず、母親が警察に捜索願いを出していたようで、ある場所で自殺をして、警察からその連絡が来たようでした。

警察が言うには、「所持品などで次女本人かどうかの身元確認をしてほしいので、署に来てください」との事でした。もう夜中の1時頃だったので、叔父に車を出してもらい署に行きました。
母親は横になって動けなそうでしたので、私と叔父と2人で行きました。

バッグや手帳から、すぐに本人の物だと分かりました。

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